【Vol.1】映画『武曲 MUKOKU』 星野秀樹プロデューサー

武曲_ユーロスペース_入稿

15-032星野秀樹

【プロフィール】

1971年4月30日生まれ、福岡県出身。東京都立大学大学院卒業後に自主映画制作を開始。初プロデュース映画『Peach』(01/大塚祐吉)からプロデューサーとして活動。近作に『銀の匙 Silver Spoon』(14/吉田恵輔)、『そこのみにて光輝く』(14/呉美保)、『きみはいい子』(15/呉美保)、『セーラー服と機関銃―卒業―』(16/前田弘二)、『オーバー・フェンス』(16/山下敦弘)など。熊切監督とは最新作『武曲 MUKOKU』が『海炭市叙景』(10)『夏の終わり』(13)に続き3作目となる。

 

Q.映画のプロデューサーとはどんなお仕事ですか?

まず最初に企画を考えます。企画というのは、どういう原作、どういう内容のものを映画にしていくかということを考えることです。それが決まったら、監督や主演俳優、スタッフを誰にお願いするかを考えながら、お金を集めることを同時進行でやっていきます。ある程度座組みが固まったら、より具体的に動き出します。キャスティングやスタッフィングを進め、さらに撮影に向けて方向性を定めていきます。ここまでが仕事の大きなパートです。

撮影に入ったら内容や予算、現場状況の管理をし、宣伝プロデューサーと共に宣伝展開の作戦を立てます。撮影が終わったら仕上げ作業を統括します。出資頂いた皆様と観客の皆様に、より良い作品を届けることができるように心がけていきます。実際の作業としては、監督、作曲家、編集マンなどのスタッフ達と一緒に作品を完成させていきます。

完成してから、宣伝プロデューサーや製作委員会各社と一緒にどうやったら認知度を上げていくことができるか?どうやったらヒットさせることができるか?ということを中心に宣伝プランを考えていきます。基本的にはここまでがプロデューサーの仕事になります。

中でも一番難しいのは(全て難しいですが)、お金を集めることだと思います。また、監督と主演俳優にオファーを受けてもらうまでの道のりも大変です。全てが思い描いていた通りうまくいくわけではありません。映画がより良いものになるように、過去の経験や新しい挑戦心を基に精度を上げ、日々改善することに努めています。だた、どんな作品であってもなにがしかの問題が起きてしまうというのが映画作りです。それが映画の面白いところでもあります。

私が最も重要視するのは、企画です。企画の良し悪しを数値で表すことは難しいですが、経験値や今の流れをいかに掴んでいるかが企画に関わってきます。いかに企画力を磨いていくかということについて日々、鍛錬をするしかありません。元々、私自身が映画好きだということもあって、“自分が観てみたいもの”、“こういう映画はなかなかない”と自分自身が感じるものを企画したいと思っています。

企画が魅力的であれば優れた人材や資本が作品のもとに集まり、映画が「新しい」と感じてもらえれば、お客様や出資者の皆様のためにもなりますし、監督、キャスト、スタッフ、自分自身のキャリアに繋がっていく、そういった流れがベストだと思っています。ただ、そういった企画を思いつくことは本当に難しいと感じます。

Q.企画を考えるにあたり、心がけていることや習慣にしていることはありますか?

昔からジャンルを問わず普遍的な話が好きで、時代に関わらず通用する、また長きに渡って残っていくストーリーを探すことを心がけています。私の中では、普遍的ないくつかのストーリーをある種、自分の中で映画の公式にしています。その公式に当てはまるものを見つけると、これは映画にすべきだと感じます。

過去に観て影響を受けてきた普遍的な映画のことを想いながら、新たに出会ったストーリーをどう映画化できるかということについて日々考えています。ただそういった企画を感じたり思いつくためには、日常に敏感になり色々な本を読んだりしながら日々努力して勉強し続けなければなりません。そういったことを続けていると、タイトルや書き出しで映画化できるかが大まかに分かるようになってくるように思います。それは正解かどうか分かりませんが、自分の中で判断基準ができてきます。

Q.今までプロデュースしてきた映画やそれにまつわるエピソードを教えてください。

20代の時から借金をしながら自主映画に取り組んでいて、ある監督に色々教えて頂きながら映画を撮る機会が度々ありました。あるとき、自主映画的でありながら、ある地方有志の方々にお金を出してもらって作った作品がありました。その作品がプロデューサーとしてはデビュー作となった映画でした。プロデューサーとしての自信はなかったのですが、一方で面白くできるぞという気持ちがあり、共同脚本も務めました。

プロデューサーの仕事は、関わった人々を成功に導いていく船頭のようなものだと思うのですが、当時はプロデューサーとしてまったく経験がなくどうやればいいか分かりませんでした。その結果、酷いことになってしまって、成功に導くどころか周りから大きなひんしゅくを買ってしまいました。当時は思うところもありましたが、今考えると全て自身の責任であり、未熟さから起きてしまったことだったなと思います。作品は良いものとして完成したのですが、私自身は酷いことになっていてほぼうつ状態のようになり、何とか撮影までは終えることができたものの私個人は仕上げまでやり遂げることができませんでした。

そんな苦い経験から、デビュー作にしてプロデューサーを辞めようと思いましたが、とは言え元々失うものは何もなく、人のお金で映画を作れることの幸せさに気付き、もう一度ゼロから始めてみようと考え直しました。自主映画時代にお世話になった方のご紹介で制作部の見習いから始め現場の経験を積んでいきました。その経験の中で、心がけたことは依頼された仕事を何も断らないということでした。初体験であっても「制作担当をやってみるか?」、「ラインプロデューサーをやってみるか?」と聞かれても全て「やります!」と答えていました。プロの現場のたたき上げということではなく、かなりの部分自己流でしたので、叱られたことも多々ありましたが、一つ一つ改善していけばいいと思っていました。

最新作映画『武曲 MUKOKU』(以下『武曲』)にも繋がっていきますが、一番大きかったことは熊切和嘉監督との出会いでした。『鬼畜大宴会』で鮮烈なデビューをし、話題となっていた熊切監督。当時仕事をさせて頂いていた制作会社で、熊切監督が『青春☆金属バット』を撮影しており、本編の現場には入らなかったのですが、プロデューサーの木村さんの指示でスピンオフドラマのお手伝いをすることになりました。その際に、初めて熊切監督とお会いしました。その出会いが当時の私にとっては衝撃的でした。

熊切監督は、監督でありながらもあらゆることに対して自身で取り組もうとします。それは決して人の仕事を取ってしまうことではなく、自らも進んで動くという意味です。そのドラマの際撮影のスケジュール上時間がなかったこともあってある程度決め打ちのロケをするしかないと私は判断しましたが、熊切さんは嵐の中、一人バイクに乗り海まで行ってロケ地を探しに行っていました。それまで、そういった人には出会ったことがなかったので「ここまでやる人がいるんだ。」と感銘を受けました。

その後、『ノン子36歳(家事手伝い)』でラインプロデューサーとして熊切監督の作品につくことになりました。私自身、当時この作品は勝負だと感じ、ラインプロデューサーでありつつプロデューサー的な勉強になるような仕事をやろうと思いました。熊切監督は全て自身でやるタイプの監督ですが、ロケハンはじめ、監督を越えるくらいこの作品に取り組む意気込みでした。熊切監督やスタッフ、キャストの皆さんに「こいつがいれば安心だ」と思ってもらえることを目標に全力で取り組んだ作品でした。

撮影の近藤龍人さん、照明の藤井勇さんといった人達とも熊切組で出会いました。その出会いからの関係は今でも続いています。ラインプロデューサーとしての参加でしたが自分の中では大事な位置付けの印象深い映画です。そして数年後、熊切監督とはもう一つの転機となった『海炭市叙景』という映画で繋がっていきます。

Q.6/3(土)公開 映画『武曲』の星野プロデューサーだから伝えることができる見どころを教えてください。

熊切監督、近藤さん、藤井さんはじめ、自分も含めて、みんな年齢を重ねてきたということもあって、良い意味で大人になったと思います。

熊切監督は一時期パリに留学されていて、色々と考えることがあったのかより大きい監督になって戻ってきたと感じました。撮影の近藤さん、照明の藤井さんなどもそうなんですが、『ノン子36歳(家事手伝い)』のときから一緒にやってきたことを思い返すと、変わっていない部分がある一方、経験を重ねてきたこともあり、より強度の高い画を撮ってくれています。プロデューサーとして想像はしているものの、その想像を越えてくるものを撮る三人だということを改めて感じました。ハードルが高ければ高いほどそれをさらに越えてくるので、私も自分のハードルをより高く設定したいと思いました。

映画『武曲』は、単なる人間ドラマではなく、さらに剣道やアクションという要素が入ってきます。それに加えて、監督が嵐の中の黒い雨のシーンをはじめ、色々なものを足していき、盛りだくさんの内容となりました。普通は色々盛り込んだはいいが、予算や日数も限られているので盛り込めば盛り込むほど内容が薄くなっていきます。

ただ、彼らは一つ一つを高い強度でタフに作っていくので、熊切監督もコメントで仰っていましたが「圧倒的な映画」になったと思います。監督と私の狙いでもあるのですが、観る人の映画の好き嫌いという好みを越えて、ある種強烈な映画体験をして欲しいということがこの映画の目標です。そういう意味では夢が叶ったとも言える、想定以上の映画ができたので大変嬉しく思っています。

Q.『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』『武曲』の三作とTCエンタテインメントとの歩みについて教えてください。

『海炭市叙景』からの流れがあって、『そこのみにて光輝く』は同じ原作者、佐藤泰志原作の映画化第二弾でした。『海炭市叙景』が自分としては興行的にも作品的にもうまくいった作品だと思いましたので、『そこのみにて光輝く』も順調にいくと思っていました。実際は私の目論見が甘くなかなかお金を集めることができず、動きだしてから三年半ほどの時間がかかってしまいました。企画を成立させることができず諦めかけていた時に、ある方のご紹介でTCエンタテインメントの永田専務にお会いしました。永田専務への運命のプレゼンの際その場で「この企画をやりたい。こういうことがやりたかった。」とご英断をして頂きました。それまではプレゼンしても出演者のことについて聞かれることが多かったのですが、「この企画をやりたいんだ。」と仰って頂いたおかげで『そこのみにて光輝く』を撮ることができました。

先ほど転機になった作品を『ノン子36歳(家事手伝い)』と『海炭市叙景』と言いましたが、この二作品はプロデューサーとして大きなきっかけになった作品でした。その後のキャリアとしては『そこのみにて光輝く』が一番大きな作品なので、ご一緒して頂いた永田専務には大変感謝しています。その後、永田専務と吉岡(TCエンタ)さんと一緒のチームで『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』『武曲』と製作することができました。

私は常に更新していきたいと思っているので「最新作が最高傑作」ということを自分の目標にしています。『そこのみにて光輝く』のあとにもっとすごい映画を作ろうということで『オーバー・フェンス』という作品をやらせて頂きました。そして、熊切監督との流れやTCエンタテインメントさんとの流れを結合して、よりすごいものを作ろうというのが『武曲』です。今まで人との出会いや繋がり、経験を結集して取り組んできたことが『武曲』に繋がっていると思います。

映画『武曲 MUKOKU』は6月3日(土)全国ロードショー!
http://mukoku.com/

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