【vol.5】映画『イノセント15』甲斐博和 監督

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【プロフィール】生年月日:1977年7月28日 出身地:東京都(鹿児島県生まれ)
桐朋学園中等部、高等部と経て、17歳から2年間、チリ・サンチャゴ市やアメリカ・ルイジアナ州で暮らす。帰国後、筑波大学人間学類に入学。教育学、心理学を中心に学ぶ。 在学中にヨーロッパ放浪を経て、2001年、大学を卒業後に役者の道へ。東京乾電池研究生を経て、2003年に自身の劇団「TOCA」を立 ち上げる。以降10年間、「TOCA」の作・演出として隔年で演劇公演を続ける。 2006年より独学で映画を製作。初監督作品「hanafusa」(2006/33min)は、2006ぴあフィルムフェスティバルにて緒方明監督の強い推薦を受け、審査員特別賞を受賞。以降、寡作ながら短篇・中編を製作。国内外での受賞、上映多数。

今回のInterviewsは、映画『イノセント15』の甲斐博和 監督が登場。映画監督になるきっかけや本作の撮影のお話を中心にインタビューをさせていただきました。

━━━映画監督になったきっかけや理由を教えてください。

大学生のときから演劇をやろうと決めていて。映画はすごく手間がかかると思っていたので、体と紙とペンと場所さえあれば何とかなるという理由で演劇をやっていました。大学を卒業してからは東京乾電池の研究生をやってみたり、自分の劇団も立ち上げて約10年活動しました。ただ(活動の)後半くらいに、全然お客さんが来ないのが悔しくなって。映画だったらディスクなどのメディアでいろんな人に渡せるので、一度撮ってみたいと考え始めたのがきっかけでした。
もともと映画は好きだったのですが、映画っていいなと思った衝撃的なことがありました。たまたま海外を旅行していたときに、フランスでエドワード・ヤン『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)を観たんです。喋っている言葉は台湾語か何かで字幕はフランス語、言ってることはちんぷんかんぷんだったんですがそれでも泣けてきて。あれはたぶん22、3歳くらい、映画体験としては衝撃的でした。

━━━フランスにはどういう目的で行っていたんですか?

『ジプシーのとき』(1988)が好きで、ジプシーが世界で一番多い集落に行こうと思ってマケドニアに行きました。結局、マケドニアで一か月くらい暮らしていたんですが、その時に基点となっていたのがフランスでした。(旅の資金として)5万円だけ握りしめて安いドミトリーに泊まっていたら、そこのオーナーと仲良くなって「うちのアパート空いてるから住まない?」と言われ、一か月一万五千円で住むようになりました。観光ビザだったので、ビザが切れたら帰るというのを繰り返して一年くらいヨーロッパを旅していた時期がありました。

━━━高校生のときにも海外で暮らしていたとお聞きしました。

高校2年生から3年生の2年間、主にチリに行っていて途中半年くらいアメリカにも行きました。本当は父親が一人で行くはずだったんですが、受験勉強ばっかりしている高校生活が嫌すぎて、家族を説得して行かせてもらいました。
ただ、そのとき英語は赤点で(笑)。チリでは通っていたインターナショナルスクールが英語で、国はスペイン語だったんですけど、あまりに喋れないので半年後に「アメリカに行かせてほしい。」と言ってホームステイに行きました。
事前にホームステイ先のおじさんと手紙のやりとりをしていたら「うちはお金持ちだから安心しておいで。」と言われ、行ったらトレーラーハウスで(笑)。トレーラーハウスの集落の人たちは昼から飲んだくれていて、カオスというかスラムというか、そういうところに叩き込まれました。チリから行ったのでそういうところだったのかなと思うのですが、そこで結構鍛えられました(笑)。どこに行っても怖くないという感覚がその時からありますね。

━━━チリやマケドニアなどでの体験がご自身に影響していることもあるんでしょうか?

僕の作品を観た人からはよく「周りの人を同じに見ている。」と言われます。『イノセント15』のアフタートークでも言っていたんですが、自分にとって普通ということ、それっていわゆる「普通」という枠組みじゃないですか?そういう枠組みが全部無い状態が「普通」になればいいのにと思っています。それこそ同性愛であっても、誰にどんな愛のかたちがあっても良いし、他人に迷惑さえかけなければどんな生き方をしてもいいと思っているので、そういった部分が育まれたという気がします。

━━━『イノセント15』でも、主人公の銀にとっての普通が普通じゃなくなるシーンとして父親がゲイであることに気付くということがありました。そういった出来事を15歳という年齢に焦点を当てて描いたのは、ご自身の体験ともリンクしてくるのでしょうか?

自分自身がちょっとずれていたということがあるんだと思いますが、小学生のときから「これが普通だ。」と言われることが苦手でした。授業中も座っていられないような子で。ただ、それでも良いと思えてたんです。だから周りの人に迎合することもなくて。うちは漫画とかテレビとかを見れない家だったんですけど、周りがそういう話をしていても、話に乗れないことがまったく気にならない子でした。
今回、少年少女の普通ではない普通ということを描こうとしたのは、シェルターで働いていて15~18歳の子供たちの人生を見たり聞いたりしていたこともきっかけの一つでした。例えば、渋谷のスクランブル交差点ですれ違った普通に見える女の子が家に帰ると大変な状況になっているということが、当たり前のようにあるんだなと痛感していました。

━━━15歳というテーマをあえて初の長編作品として選んだ理由を教えてください。

僕は脚本を自分で書くんですが、書くときは自分の周りにあることや自分が感じたことじゃないと書けないというのがあって、なので色々な経験をするようにもしていて。今回は、たまたまタイミング的に自分がシェルターでの職業に就いていたのがすごく大きかったです。自分にとって人生の転機があったりすると、それを半ドキュメンタリーのように、またそれを題材にして撮っています。自分が生きていけばいくほど、撮りたいものが増えていくんです。
長編を撮りたいと思った理由は、短編の作品では自主映画祭などで一定の評価を頂いていた一方、やっぱり劇場でかけたい、映画館で映画を観せたいという気持ちがあったからです。自分の中では短編を撮っていれば長編の話が来るだろうというすごく安易な気持ちがあったんですけど、それじゃダメだと思いました。この作品を撮る前に2年くらい撮っていない時期があって、撮りたい気持ちも募っていました。そろそろ小手先で撮るのも止めようと思って。予算もない、小さい規模の映画ではありましたが、やることは商業映画となるべく同じといった作品を一度体験したかったんです。それには長編しかないと思いました。

━━━実際に長編を撮影してみて、どんなところが短編と違うと感じましたか?

長編は、ゆっくりと物語ることができます。短編だと要素を増やして、物語を転がしていかなければなりません。人の表情を撮ることが好きなので、じっくりと人間を撮りたいと思うとある程度の尺があった方が良いと感じます。何も喋らない時間などを有効に使えるのは長編ならではだと思いました。

━━━後半、成美が銀に向かって少し間をおいて「セックスするの」と言ったシーンも喋らない時間を有効に使っていて、緊張感がありました。撮影しているときはどんな雰囲気だったんでしょうか?

ヒリヒリした現場だったのを覚えています。時間が無い中での撮影だったので、そういった意味でも緊張感がありました。このシーンは良いシーンになるという予感があって、小川紗良さんが服を着て、窓辺に座ったのを見て「これはいける!」と思いました(笑)。単にルックスだけではなく、強い意志を出してもらうように演出もしていて。モニター越しで見ても、やっぱりこのシーンは良いなと思いました。あの時モニターを見ながら、潤んでました。

━━━このシーンの撮影は一度でOKになったのでしょうか?

何回か撮影しました。これだ!というのは三回目の撮影だったと思います。今回、順撮りで撮影していたので、最初から見ているあの子(小川紗良・成美)がこうなったというのがお客さんの目線と同じで、そういう気持ちで撮影したシーンでした。切なかったですね。

━━━順撮りということもあって、前半と後半では萩原利久さん演じる銀と小川紗良さん演じる成美の雰囲気が変わっていったのが印象的でした。お二人と相談して進めていったのでしょうか?

変わっていくだろうとは思っていましたが、二人に対して変わってほしいという演出はしませんでした。彼と彼女が映画の物語に沿って、疑似体験をしていく過程で変わった部分が大きいなと思いました。
橋口亮輔監督が『渚のシンドバッド』(1995)を撮っていた時に「子供たちの心に寄り添っていた。」と仰っていた、というのを聞いたことがあって、それに近かったと思っています。
役者をやっていたこともあって、撮影中は自分も一緒に出ている気持ちになることが何度もありました。監督としてモニターの後ろにいるというよりは、隣で「大丈夫だよ。横にいるよ。」という親でもなく監督でもなく、一緒に寄り添いながら見つめているような。そういう意味では、ドキュメンタリーを撮っているような感じで、無意識ではあるんですがそういう視点で撮影した部分もあったのかなと思います。

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━━━ドキュメンタリーという言葉をお聞きして、手持ちカメラで撮影されていた電車で東京に向かうシーン、教会のシーンとラストのシーンなどが思い浮かびました。

電車のシーンはカメラマンさんが撮影しているんですが、教会のシーンとラストのバイクで転んで起き上がるシーンは僕が撮っています。感情を撮りたいという話をしたら、カメラマンさんから「感情は甲斐君が一番寄り添えるから撮ってみなよ。」と言われて、技術はないながらも初めて撮りました。
教会のシーンではみんなに出ていって貰って、音声さんと僕とカメラマンさん、あとは役者の二人だけでまるで即興演劇のように撮影しました。プロデューサーの前さんの助言もあって一回台詞も忘れて、その場でやろうということになって。そこに僕もセッションみたいに入っていったので、三人芝居をしているような感じでした。それと同じ感覚はラストのシーンでもありました。
二人と同じ視点で同じ気持ちなのにそれを見ているという、少し不思議な気持ちでの撮影でした。

━━━監督ご自身が撮影されているので、俯瞰しているというよりはシーンに入っていくという感覚だったんですね。

そうですね。彼らの気持ちの揺れでカメラも揺れているような印象でした。

━━━萩原利久さん(銀)と山本剛史さん(銀の父)の二人がお顔も似ているのかもしれませんが、雰囲気が似ていて本当の親子のようでした。

そう思ってもらえたのはすごく嬉しいです。人との距離の取り方が近すぎず遠すぎず、また媚びず、という、そういったところが似ているのかなと思います。
本当の利久君はすごく人懐っこい子なのですが、銀という役は人の気持ちが分からないという前提があったので、他者との距離が遠いということを演出時から意識していました。
山本さんは大好きな役者なんですが、これまでの作品だと比較的トリッキーな役が多かったりして。今回はそれを抑えてみたいというのがあったので抑えてみてほしいとお願いしました。山本さんはどちらかという世の中から少し外れていて、興味がないものにはまったく興味がないというスタンスがあるのでそこは役と上手くリンクしたと思いました。

━━━親子であるということに関して特に演出したということはありましたか?

特に考えていたという訳ではないんですが、「二人が似てるな。面白い。」と感じることはいくつかあって、そこが演出に段々と沿っていった部分があるかもしれません。

━━━銀が銀の父の友人をバッドで殴るシーンがあって、その直後に成美がバレエを練習する足元のショットに切り替わります。この一連のシーンにはどんな意図があったのでしょうか?

一つには、銀の何かが変わっていくということがあります。銀にとっては(目の前にある現実が)終わる瞬間なんですが、成美にとっては現実を当たり前に呑み込んでいくような、成美はもう一つ上の層でまだ動いていて。二人ともが変化する瞬間ではなく、銀の状況が大きく変わっっていく一方で、まだ成美は全然違うレベルにいてこれから知っていくことを既に知っているような、静と動を考えていたシーンでした。

━━━成美の方がちょっと大人で、銀は男の子が持つ無鉄砲な感じが出ていて、15歳の少年少女が描かれているということが印象的でした。脚本を制作する段階から意識されていたんでしょうか?また、シェルターで現在の15歳と接している環境の中での経験が反映された部分はありましたか?

そうですね。ほぼ脚本どおりに考えていた部分です。ただ自分が中学生の時は男子校生だったので、「思い出す」というよりは、僕自身子どもの部分があるので、「子どもっぽい大人(自分)から見た」少女だったとは感じています。
男子校だったので中学3年間は女の子とほとんど喋らなかったんですが、その時に見ていた女の子像であったり、僅かですけど女の子と喋った時に大人っぽさを感じて自分がまだ子供だなと思った気持ちが作品に入っている気がします。
またシェルターで僕は男の子としか接していないので、今の女の子がどうなのかということは正直よく分からないんですが、男の子達に関しては、色んな体験をしている子もいて大人びていたりとバラバラなんです。

━━━銀と成美の人生と、作品を観る人の人生が違ってはいても共感するテーマがあると感じました。

そうですね。普遍的なものを作りたいという気持ちが常にあります。20年後も観れる作品、20年前でも分かる作品にしたいと思っているので、あまり今に寄り添いすぎないようにしています。

━━━成美の父についてですが、韓国語を喋り部屋が綺麗で窓際にはハンガーでシャツが掛けてあって、登場するシーン自体は短いんですが、その人のキャラクターが分かるようになっていた部分が気になりました。

まずこの作品には、作品を通して子どもの視点で世界を見る、というテーマがありました。例えば、成美の母とその知人の金髪で暴力をふるう男が何の仕事をしているのか、どういう関係なのかとか、その辺を全部曖昧にしています。それは、お客さんから映画を観たときに二人(成美と銀)の視点になってほしかったからです。お客さんが抱えた疑問は、二人が抱える疑問と同じに見えているという二重性を狙っています。
窓際にハンガーでシャツを掛けたのは、色味が欲しかったからです(笑)。外の光が強すぎて逆光になったこともあって(笑)。ただ、男やもめで雨が降るかも分からないからベランダに干せなくて、という生活感や清潔感を出したかったですね。あと、あの部屋、実は僕の部屋なんです(笑)。

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━━━15歳ならではの器用さ、不器用さが細やかに描かれていました。参考にしたり意識した作品はありますか?

これ、という作品はありません。他の映画から影響を受けるのが怖くて。特に撮影をする前などは映画を観ないようにしています。映画を観るときも一人のお客さんとして観るようにしているので、批評をするような見方はしないようにしています。

━━━2018年1月10日に『イノセント15』のDVDとBlu-rayが発売になります。これからDVDで観ていただく方々にメッセージをお願いします。

映画は体験なので、本音としては劇場で観てほしいという気持ちです。ただ、DVDになると何度も観ることができます。映画を複数回、劇場で観てくださったお客様の中にも一度目は成美に注目して、二度目は銀に注目して観ていたという方が数多くいらっしゃいました。一度目と二度目ではストーリへの入り方も違ってくると思います。観るたびに少しづつ変わる映画なので、何度か観てほしいと思っています。
また、DVDにはオーディオコメンタリーも入れる予定です。公開中のアフタートークでは、お客さんから映画を観ていて分からないことや不思議に思った部分の質問に答えていました。アフタートークをすることによって納得してくれるお客さん、腑に落ちてくれるお客さんがすごく多かったので、答えた内容をオーディオコメンタリーに全部入れて、聞けばだいたいの事が分かるようにしたいなと思います。喋りで補完して良くなる映画がいいのかどうかは別なんですけど、必ず膨らむと思っているので、楽しみにしていていただきたいです。僕が部屋で一人で録るんですけど(笑)。
それと、公開時は高校生になかなか観てもらうことができませんでした。以前、とある高校で講義をやらせてもらったことがあって『イノセント15』も観てもらったんですが、その時の反応がすごく良くて。なので、劇場に行けなかった人でDVDも買えない若い層の人たちには、ぜひレンタルで観てほしいです。
もし分からないことがあったら直接僕に質問してほしいですね。映画公開中のアフタートークでいつも言っていたんですが、#イノセント15でタグ付けして投稿してくれれば、僕がエゴサーチして返事をするというキャンペーンをやっていました。それをなるべく続けたいと思っています。

━━━これからは商業映画を撮っていきたいとお聞きしました。次に映画を撮る際のテーマや構想はありますか?

中学生くらいの頃から「生きるとは何か」ということをよく考えていました。一過性の恋愛などではなく「人は何のために生きているのか」ということに行きつくような本質的なものにしつつ、答えのない問いを問い続けたいと思っています。事件を一つさらって、こういうものですよと紹介するものではなく、観終わったあとに疑問が残り続ける映画にしたいと思っています。最近では、「贖罪や犠牲、献身」といったテーマを考えています。

━━━ありがとうございました。

ありがとうございました。

『イノセント15』(2016/88min)
2015年 田辺弁慶映画祭・映検審査員賞
2016年 レインダンス映画祭正式出品
2017年 全州国際映画祭正式出品
2016年、東京テアトル新宿でのレイトショーを皮切りに、各地方での上映、また2017年渋谷アップリンクで6週間のロングラン。

DVD&Blu-rayは2018年1月10日リリース!
http://bit.ly/2ykSUjz

甲斐博和監督の情報はこちらをチェック!
http://toca.tokyo

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