【vol.12】フラメンコ・ギタリスト フアン・マヌエル・カニサレスさん

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『J:ビヨンド・フラメンコ』に出演し、「タレガのホタ」の鮮烈な演奏を見せてくれたスペイン人ギタリスト、カニサレス(フアン・マヌエル・カニサレス)。今さら言うまでもなく、彼は現代フラメンコ界を代表する名ギタリストだが、同時に、ここ数年はアルベニスやグラナドス、ファリャといったスペインのクラシック系作曲家たちの作品にも挑戦してきた。彼は、様々な角度からフラメンコを検証し、“フラメンコとは何なのか”を探求してきた音楽家だと言っていい。
 そんなカニサレスが最近リリースしたニュー・アルバム『洞窟の神話』は、フラメンコに真正面から取り組んだ久々の作品である。とはいっても、オリジナル曲で構成されたこのアルバムには当然、
近年続けてきたクラシック音楽研究の成果がしっかり結実しているわけで、ハーモニーや音色など様々な点で、ヒターノたちが演奏する通常のフラメンコとは一味も二味も違う。フラメンコの神髄を独
自の視点で探求してきた男の、現時点での決算報告書のような作品なのである。
 そんな鬼才が先日、『J:ビヨンド・フラメンコ』のDVD化に合わせたかのような絶妙なタイミングでプロモーション来日したので、新作のことに加え『J:ビヨンド・フラメンコ』のテーマである「ホタ」についても詳しく話を聞いてみた。

これまでの研究の集大成としての新作『洞窟の神話』

――ここ数年はずっとクラシックの作曲家の作品を録音してきましたが、今回久しぶりにフラメンコのアルバムですね。

私は常に、自分の内面にあるものを表現したいという欲求を持ってきましたが、機が熟し、新しいカニサレスというものを自分で構築しなくてはならないという使命感に駆られた…そんな感じなんです。

――まさに、満を持して、という感じがします。ここ数年のクラシック音楽研究を通して、フラメンコに関する新たな発見もいろいろあったんでしょうね。

フラメンコというのは、比較的若い音楽です。現在の形のようなフラメンコが認識されるようになってまだ200年ぐらいしか経っていません。だからこそ、まだ多くの可能性を秘めている。
ただ、フラメンコはクラシック音楽とは違い、親から子、更に孫へと受け継がれてゆく口承伝統文化だったので、その範囲の中で小さな成長は遂げてきたけど、外部のセオリーなどを取り込んだ成長はほとんどなかった。そこに私は大きな可能性を見出しているんです。たとえば、クラシック音楽との比較で見ると、フラメンコには転調がないのですが、私は今回の新作の自作曲の中で転調をたくさん用いました。フラメンコの伝統を損なわないようにしつつ新しい要素を取り込んでゆくことが自分の役割なんじゃないかと思っているんです。

――あなたは80年代から今日までプロのギタリストとして活動してきましたが、その間、フラメンコはどういった点で変化や進化をしてきたと思いますか。

80~90年代と現在のフラメンコを比較して、明らかに変化したと思うのは、リズムですね。リズムはフラメンコが生まれた当初から最も大事な要素だったと思いますが、たとえばシンコペイションとか、更に複雑なシンコペイションのシンコペイションみたいなものが多用されるようになったのがここ数年のことなんです。
リズムの複雑さという点では、80年代に比べ、飛躍的に進化している。その背景には、テクノロジーの発達があります。コンピューター・ソフトを使って誰でも新しいリズムを体験したり作ったりすることができるようになったから。しかし一方で、ハーモニーの面では80年代と変わらない。だから、その部分に自分はもっと手を加えてゆきたいと思ってきたし、この新作でもそこに精力を注ぎこみました。

――『Noches de Iman y Luna』(1997年)や『Cuerdas Del Alma ?魂のストリング~クエルダス・デル・アルマ』(2010年) など、過去に作ったフラメンコ・アルバムとこの新作の大きな違いはなんでしょうか。

『Noches de Iman y Luna』は私の最初のソロ・アルバムですが、その時私は32才でした。そこでは、私がフラメンコ・ギターを始めた時からそれまでに吸収した全てを放出しました。コンセプトがどうこうというよりも、持っているもの全てを吐き出した感じの作品ですね。そして『Cuerdas Del Alma ? 魂のストリング~クエルダス・デル・アルマ』は、いろんな人に受け入れてもらうための音楽を目指した作品だったと言っていい。それはそれで、一つの成功を収めたと自分では思っています。でも今回は……51才と年齢的にも成熟し、多くの人たちに気に入ってもらえるような作品作りをしなくてもいいんだなと思えるようになった。誰にも気に入ってもらえなかったとしても、それはそれでいい、自分が納得いくものを作れれば満足だ、と。今作では、様々な不安が全て消えて、自分のやりたいことを完全にやれる環境になれたことが一番大きかったと思います。

――多くの曲でギターの一人多重録音をしていますが、それは、自分と同じヴィジョンを持っているギタリストがいないので、仕方なく一人でやっているんですか。

自分の考えに沿ったギタリストが全然いないということではありません。すぐれたギタリストはたくさんいる。ただ、私の作品での多重録音は、3本のギターがあるという感覚ではなく、18弦ぐらいの巨大なギターを私が一人で弾いているというイメージなんです。ピアノの右手と左手のように。だから、一人でやっているわけです。

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映画『J:ビヨンド・フラメンコ』、そしてホタについて

――映画『J:ビヨンド・フラメンコ』の中で「タレガのホタ」を演奏していますが、あの曲はカルロス・サウラ監督の指定だったんですか。

そうです。サウラ監督は以前から私の作品に注目してくれていました。私がフラメンコ・ギタリストでありながらクラシック音楽も研究しているという事実に鑑み、更にホタとフラメンコの関係を考えた結果、クラシック的ホタであるあの曲を指定したんだと思います。

――映画の中で、あなたの方から監督に何かサジェスチョンしたり提案したことはありましたか。

「タレガのホタ」の原曲は12分ぐらいなんですが、映画ではそれを4分程度に縮めなくてはならなかった。つまり、自分でアレンジしなくてはならなかった。で、監督と話し合った際、せっかくだからカスタネットやカホンを入れたいと言ったんです。監督も、君の考えることだったらきっといいものになるはずだから、好きにやっていいよ、と言ってくれました。

――サウラ監督は昔からフラメンコに対して異常なまでの情熱を持った人だし、あなたとのつきあいもけっこう長いんでしょう?

そうですね。フラメンコのドキュメンタリー作品『フラメンコ(Flamenco)』(95年)に出演したのが、彼との最初の出会いでした。エンリケ・モレンテの歌う「シギリージャ」の伴奏者として出たんです。でも、その前の92年の作品『セビジャーナス(Sevillanas)』でも、映画には出演してないけど、サントラで演
奏しているんですよ。サウラ監督は、スペインでは巨匠として崇められている人だけど、とても人間味のある人で、フランクに何でも話せる。そこが自分にとっては最も魅力的な点ですね。

――ホタとフラメンコの関係を、改めて、簡単に説明してもらえますか。

ホタはスペイン中部のアラゴン地方に伝わる民俗舞踊/音楽です。フラメンコができるずっと前からホタはあり、フラメンコはホタの影響を強く受けていると研究者たちはみなしています。私はそのつながりについて自分で詳しく研究したわけじゃないけど、音楽家としてホタを聴くと、特に「アレグリアス・デ・カディス」というフラメンコのスタイルとホタの類似を強く感じます。実際、フラメンコはスペイン各地の民俗音楽、芸能を取り入れながら発展してきたものであり、その影響は大きいわけですが、特にアレグリアスとホタのつながりは強いと思いますね。だから、私はホタの演奏者ではないけど、ホタにはことのほか親近感を覚えるんです。

――ホタは、今も一般の人たちが踊ったり歌ったりするんでしょ?

そうです。皆が上手くやれるわけじゃないし、どこかで習うものでもないけど、なんとなく知っている、そんなイメージです。いわば日本の盆踊りのようなものかな(笑)。ただ、バルセロナやマドリッドの人たちは、見ればホタだとわかるけど、踊れはしない。アラゴンの人たちだけが踊るんです。アラゴンの州都サラゴサなどに行けば、お祭りの時などは街中で皆が踊っていますよ。

――映画の中ではあなたの次にガリシアのダイタ(バグパイプ)奏者カルロス・ヌニェスが出てきて「ガリシアのホタ」を演奏していますが、ガリシアにもあるんですね?

ホタはいろんな地方に存在しているけど、アラゴンのように一般市民にまで浸透しているわけじゃありません。各地方ごとに独自の民俗舞踊/音楽があるわけで、ホタはやはりアラゴンのものです。

――様々な伝統音楽、民俗舞踊の要素がフラメンコの中には流れ込んでいる。となると、フラメンコの神髄をずっと探求してきたあなたとしては、民俗音楽についても研究しなくてはならないのでは?

それはおっしゃるとおりです(笑)。実際、スペインの民俗音楽については非常に興味があります。スペインの音楽学者でフェリペ・ペドレル・サバテー(Felipe Pedrell Sabate, 1841 – 1922)という人がいました。彼はスペイン全土を回って民俗音楽を調査、採集し、4冊の本にまとめました。私もその本で今懸命に勉強しているところです。やはり、民俗音楽こそがスペインのあらゆる音楽の原動力になっていると思うから。

――この映画に出たことで、何か新しい発見はありましたか。

出演者の一人で、ホタの第一人者と言われるダンサー、ミゲル・アンヘル・ベルナと意気投合したんですが、彼からはホタについていろんなことを教えてもらったし、私も彼にフラメンコについていろいろ教えました。この交友と情報交換はとても貴重でした。ジャンルは違うけど、スペイン音楽を発展させていこうという情熱は同じだなと確認しあうこともできたし。

――今後の活動予定を教えてください。

まず、来年はホアキン・ロドリーゴの没後20周年なので、今、それに向けてロドリーゴの3部作の制作に取り組んでいるところです。あと、新しい「ギターとオーケストラのための協奏曲」も作曲中です。これは、指揮者・大野和士さんが音楽監督を務めているバルセロナ交響楽団から委嘱されたもので、タイトルは「地中海協奏曲」になる予定です。今年中に完成させ、来年は大野さん指揮のバルセロナ交響楽団と一緒にツアーをする予定です。もちろん、日本での公演も予定に入っています。

(取材・文/松山晋也)

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「カニサレス・フラメンコ・クインテット 来日公演2018」チケット発売中!
9/16(日) 福島 いわきアリオス
9/17(祝) 山形  山形テルサ
8/18(火) 北海道 札幌(会員のみ)
9/20(木) 兵庫 兵庫県立芸術文化センター
9/22(土) 静岡 静岡音楽館 AOI
9/23(日) 神奈川 よこすか芸術劇場
9/24(月・休) 東京 三鷹市公会堂
9/26(水) 宮城 えずこホール
9/28(金) 千葉 船橋市民文化ホール
9/29(土) 東京 めぐろパーシモンホール
9/30(日) 埼玉 所沢市民文化センター ミューズ
総合お問合せ:プランクトン03-3498-2881
http://plankton.co.jp/canizares

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